来 歴


感傷旅行


もつと遠くへ行こうと私が言い
あなたが黙つて私の背中を押した日に
私たちの秘密の約束は成立した
私たちの旅行に海はなかつた
巨大な船のかわりに
底のぬけた都会が
黒々と足もとまで押し寄せていた
だから私たちは港へ寄らないで
湿つぽい地下道をとおりぬけ
架空の倉庫に貯蔵された豪華な未来を
盗むふりをしてみせた
誰もふりむいてくれない方が都合よかつたし
暗いビルの谷間を
最も遠い距離だけ使つて
歩いて行かねばならない理由もあつたのだ

私たちの愛を空一ぱいに咲かせるため
過ぎ去つた悪い季節の上に
重たい刑罰の墓石をたてよう
私たちの傷痕をさらしものにする年寄つた太陽を
そつくり埋めてしまえる墓地はまだ見えない
未来には道がないから
私たちが安楽に眠れる土地はまだ遠い
絶望という名も希望という名も冠せられぬところ
いわば荒涼たる国境に私たちはいるらしい
戦火の国と
まだ名前のない国を
私たちの地図に書きわけてみる
すると私たちの歴史の中に少しずつ夢がみちてきて
このうそ寒いたそがれに似た風景も
明日への旅路の一つの駅のように思えてくるのだ

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